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【丹波立杭の六窯展】を開催します。後編:窯元のご紹介

2019年10月14日(金)~11月4日(月・祝)で開催します【丹波立杭の六窯展】のご案内。前半は産地である丹波立杭についてご紹介致しましたが、後半では今回の展示にご協力頂いた6軒の窯元についてご紹介していきます。産地にお伺いする前にどこの窯元にお願いするか、まず60軒分の下調べをして絞り込んだ上で出向いたのですが、窯元ごとの個性がうまく分散するようにしたかったので今回のこの6軒を選ぶのは大変でした。

①【雅峰窯】

明治より続く雅峰窯の現在のご主人は4代目となる市野秀之さん。10代の頃に今回の六窯展にも品物をご提供頂いている同じく丹波焼『陶芳窯』の先代である清水忠義氏に師事し、雅峰窯を継承した現在は陶工と同時に丹波立杭陶磁器協同組合の理事長も務められています。後継者となる二人のご子息と共に日々丹波立杭焼の未来を見据え『Tanba Style』など新たな丹波焼の可能性を探る活動にも積極的に取り組んでいます。

雅峰窯さんのうつわは丹波立杭焼の伝統技法で大きな特徴である『しのぎ』にも全体的なシェイプにもエッジが効いていてどっしりとしていながらもスマートな印象です。色のバリエーションも豊富で選ぶのが楽しいうつわです。丹波の伝統を踏まえながらも新しい形を模索した中から生まれた、どちらかと言うと曇り空のようにくすんだ色合いの多い丹波立杭焼の中でも華やかさが際立ちモダンな雰囲気を持つうつわたちです。

②【豪人窯】

豪人窯さんは今回お願いした6軒の窯元の中でも少し異色の存在です。豪人窯の主人である野村豪人さんは兵庫県芦屋市の生まれで焼き物とは特に縁の無い人生を歩んでいたのが二十歳の時に自分の道を突き進むべくモノづくりへの道を選びました。佐賀県の有田で4年の修行を終えた後に兵庫へ戻り、丹波立杭焼の『末晴窯』西端正氏に師事して2002年に同業者のひしめく800年の歴史ある丹波の地で独立を果たしました。

生まれながらに丹波焼に馴れ親しんだ作り手が大半のこの産地において、よそ者の豪人さんが選んだのは伝統的な丹波の技法ではなく三島手や刷毛目でした。三島手は象嵌の一種で細かい線彫りや印花に白化粧を埋め込む技法で、刷毛目は藁を束ねた物や粗い刷毛で大胆に白化粧を刷く、どちらも朝鮮半島から伝わった技法です。繊細で柔らかな印象になりがちな技法ですが、豪人さんの作品は荒々しく力強さを感じます。

③【丹窓窯】

丹波立杭焼の中では珍しいスリップウェアを主体とする窯元です。現在は8代目となる市野茂子さんと娘さんのお二人で切り盛りされていますが、先代がいた以前はお弟子さんも育成し世に輩出されていました。先々代の6代目の頃から民藝運動の柳宗悦やバーナード・リーチとも親交が深く、先代である茂子さんのご主人である茂良さんも茂子さんご自身もイギリスのリーチ工房でバーナード・リーチより直接指導を受けたそうです。

丹窓窯さんのスリップウェアは、多くの人が抱いているスリップウェアの印象である豪快さや力強さとは少し違って、柔らかさやしなやかさといった優しい印象があり、強烈な自己主張でもないため色んなうつわとの相性もよく、食卓にスッと溶け込んでくれます。また、丹窓窯のスリップは一般的なスリップと違いロクロで作られているモノが多く、高台があるため洗いモノがしやすく収納時に積み重ねる際に安定感があるのも有難いです。

④【陶芳窯】

陶芳窯を立ち上げられた初代の清水忠義さんは、1979年に丹波焼の伝統工芸士になられた数少ない存在で、多くのお弟子さんを育て丹波焼発展の為に尽力されてきました。今では一線を退き忠義さんの息子さんである美好さんが2代目として窯を営まれています。親子揃って素朴で実直な熟練の職人タイプの方でその人柄は作品にも表れています。とても気さくでお顔立ちがそっくりで年の離れたご兄弟かと思うほどでした。

陶芳窯さんの作品は糠釉にしのぎ・面取りといった丹波の伝統的なモノからイッチンや墨流しなどといった技法まで多岐にわたっておりますが、色合いにしてもしのぎや面取りの筋の立ち方にしても全体を通して柔らかく優しい印象に感じます。その中でも特に今回はしのぎに特化して、オーソドックスな糠白にしのぎを施したモノと、赤土のうつわの中央にしのぎを施し、そこへ糠釉を掛けた、異なる表情の2つのタイプをご用意しました。

⑤【俊彦窯】

俊彦窯の清水俊彦さんは、河井寛次郎の弟子であり独立後は丹波篠山で作陶された生田和孝氏に師事されました。生田氏は丹波の土を使い糠釉や黒釉を中心に鎬や面取りの器を作っていましたが、俊彦さんも師匠から受け継いだ技法・土・釉薬を使い日用雑器を作っています。俊彦窯は初代松之丞から始まり4代目となる俊彦さんが1977年に開窯し屋号も俊彦窯と名付け、現在はご子息の剛さんとお二人で作陶されています。

生田氏の窯の弟子の中でも特に腕が良かった清水俊彦さん。私が最初に魅了されたのが土瓶でした。武骨でどっしりとして力強く、それでいて俊彦さんの美意識が見え隠れする実用的な生活の道具です。他のうつわたちもキリッとしたしのぎや面取りに、柔らかな白い糠釉やまろやかで艶やかな黒釉をまとったモッチリとして安心感のある佇まい。丹波立杭焼の伝統や魅力、俊彦さんの温かい人柄が全て詰まった器のように思えます。

⑥【丸八窯】

現在はお母様の清水久美子さんと息子さんで5代目となる義久さんの2代で営んでいる丸八窯。義久さんは大学卒業後に京都の窯業試験所で学んだ後、益子の松崎健氏に師事し2005年から丸八窯での作陶に入ります。丸八窯では丹波で古くから作られている塩壷や蝋燭徳利、古丹波で見られる灰被りや焼締なども手掛けながらも雅峰窯の市野さんが主宰する『Tanba Style』にも参加し現代的な作品作りにも取り組んでいます。

今回は丸八窯さんを知る人でしたらもはやアイコン的な存在となっている大小さまざまな菊皿を中心とした比較的ポップなセレクトで構成しつつも、伝統的な塩壷や蝋燭徳利なども選ばせていただき、新旧織り交ぜた品揃えとなっております。菊皿は今回の六窯展全体の品揃え中でおよそ4分の1程度を占める型物ですが、独特の柔らかな質感に加え菊花の上品で可愛らしいフォルムで食卓を華やかに演出してくれる事でしょう。

【丹波立杭の六窯展】を開催します。前編:丹波立杭焼について

【丹波立杭の六窯展】を10月18日(金)〜11月4日(月・祝)の会期で開催します。昨年もこの時期に開催した熊本県の小代焼3窯の展示と同じく、伝統的工芸品産業振興協会が主催するJTCW(JAPAN TRADITIONAL CRAFT WEEK)の一環で、今年は日本六古窯のひとつ兵庫県の丹波立杭焼の窯元、6軒にご協力いただき、およそ700点の大ボリュームで丹波立杭焼の魅力をご紹介します。

丹波立杭焼は瀬戸・常滑・信楽・備前・越前とともに日本六古窯の一つに数えられ、その発祥は平安時代末期から鎌倉時代のはじめといわれています。桃山時代までは『穴窯』が使用されていましたが、慶長16年(1611)ごろ朝鮮式半地上の『登り窯』が導入され、同時期に取り入れられた蹴りロクロとともに窯が開かれてからおよそ800年、一貫して日用雑器を主体に焼き続けており、伝統の技法を今日に受け継いでいます。

現在の産地は比較的狭い地域に60軒もの窯元が密集しており、代々稼業として焼き物を営んでいる家が多い為、皆さん幼い頃からの顔見知りで隣近所も同業者という環境なので、和気あいあいとした雰囲気でした。お話を聞くと、ほとんどが個人事業主で代々続く古い家が多い中、対応に出て下さった方の多くが私と同世代の方、または後継者がいる家で、世代交代が比較的うまくいっている産地。という印象があり安心しました。

他に産地に行ってみて印象深かったのは、さすが日本六古窯のひとつで800年の歴史を持ち、多くの窯元が密集している産地だけに、そこら中に登り窯がある事には驚きました。他の産地では何軒か複数の家で使う共同の登り窯がよくあるのですが、ここでは個々に登り窯や穴窯を持っていたそうです。現在は登り窯を使う機会もかなり少なくなってきていますが、それでもほとんどの窯元でガス窯・電気窯・灯油釜・薪窯など、3~4基の複数の窯を1軒で所有しているのは、他の産地ではあまり見られない事なので特に印象深かったです。

江戸時代には数々の名工が腕をふるった事で花器・茶器などで丹波の名が高められたのち、明治・大正・昭和と時代を経て、現在作られているのは主に生活雑器の中でも食器がほとんどだそうですが、何件かの窯元で出会った丹波独特の力強い土瓶や伝統の蝋燭徳利には目を引かれました。また多くの窯元で、現在はほとんど作られていない古い大甕などが無造作に屋外に置かれているのを見て時代の流れを感じました。

今回は個性の異なる6軒の窯元様にお声掛けして、伝統的なコレぞ丹波焼というモノからカラフルでおしゃれな丹波焼まで、幅広い品揃えでおよそ6~700点もの物量をご用意致します。昔ながらのぽってりとして落ち着いた雰囲気のうつわでホッと癒されたい方も、カラフルで現代的なうつわでオシャレにテーブル上を演出したい方も、きっとお気に入りが見つかる事と思います。そして、そこにあるのは800年もの歴史を持つ産地の懐の深さであり、この先も伝統をつないでいくために必要な変化とこだわりだと思います。

ま、あれこれと難しい事も書きましたが、とにかく一度手に取って見て触っていただきたいです。なかなか無い機会なので会期も長めに取っておりますので皆様のご来店をお待ちしております。
後編では今回品物をご提供くださった6件の窯元様をご紹介していきます。

4月13日より『第三回 岡田崇人の仕事』を開催します。

もはやイベントのお知らせ時しか更新しなくなってきており、大変ご無沙汰してしまい申し訳ございません。昨年11月の『白岩焼和兵衛窯 渡邊葵 展』のお知らせ以来のブログです。

季節も春を迎え、新しい元号も『令和』に決まり、新しい時代の幕開けに期待で胸を膨らませている方も多いかと思いますが、平成の最後に満を持してお届けするのは、MARKUSではおよそ2年半ぶりの個展となる益子の陶芸家・岡田崇人さんによる『第三回 岡田崇人の仕事』です。
今回のブログでは過去の岡田さんの作品や個展の画像を見ながらこれまでを振り返ってみたいと思います。

今年の5月でMARKUSも丸6年を迎える事となりますが、岡田さんとは開業時からのお付き合いなので岡田さんとMARKUSとの関係も6年になります。正確に言えば初めて岡田さんに直接お会いしてお取り引きのお願いをしたのはその前の年になりますが、オープンの数日前に届くよう制作をお願いしていたのが間に合わず、当日のお昼頃に益子からわざわざ直接お持ちいただいたのは、今となっては良い思い出です。

今でこそ年間に5回程度の展示会やイベントを開催しているMARKUSですが、最初の頃は『セレクトショップ』というスタンスから、あまり個展などを行う事はありませんでした。ですが開業から月日が経ち品揃えや方向性などの変化や見直しを進めていた2年目の頃に、何かの話の流れから『個展やってみない?』というお話をいただいたのが、MARKUS初の展示となる第1回目の『岡田崇人の仕事』のきっかけです。

1回目の『岡田崇人の仕事』では多くの事を学びました。とにかく初めての催事で当日までの段取りやDMの作成・告知等、今では問題無くこなせている事の全てが初めてで、確か岡田さんにとってもこの時が単独で東京で行う5~6年ぶりの個展だったのでお互いにドキドキしていました。段取りや物量の感覚等この時の事が基準になっていたり、ここで得た反省点や改善点をその後のお店作りやイベントに活かす事もできました。

上3つの画像は第1回目の時の売り場です。岡田さんの作品の変遷を見ると面白いです。ちょうどこの年に濱田庄司の登り窯の復活プロジェクトがあり、その時に焼いた貴重なうつわもMARKUSでの初個展に出品して頂きました。伊羅保や鉄釉の今となってはなかなか手が回らない非常に手の込んだ作品もこの時はたくさん作って下さいました。特にぐい呑みを自分用に確保しておかなかった事を今でも悔やんでおります(笑)。

1回目が2015年なので売場を見ても今とは随分違います。詰め込み過ぎは相変わらずですが、素っ気無くて下手クソな売場で恥ずかしいです。陳列用に『水屋』が必要だな。と思ったのもこの時で、今ではMARKUSの顔的な存在感ですが初めの頃は所謂『うつわ屋さん』ぽくなるのが嫌であえて避けていました。でもどのお店も水屋を使う理由がこの時にわかりました。ちなみにこの木製のキャビネットは自宅から持ってきました。

第2回目は2016年の冬、1回目から1年半後の開催となりました。この時は益子に200年続く日下田藍染工房で藍染の修行をされた『デイ・麗奈』さんとの二人展という形で行われました。陶器と藍染。それも真冬に。という意外な組み合わせかもしれませんが、深みのある色合いの藍染と個性的な柄でありながらも落ち着いたトーンの岡田さんのうつわとの相性は良く、売り場がキリっと締まり大変ご好評いただきました。

この頃になると岡田さんの活動の場や作品の幅もグッと広がりました。お馴染みの象嵌や掻き落としにも新しい柄や色が加わり、ロクロ物から型物に至るまで新しいデザインが生み出され、MARKUS開業以来の岡田さんファンの方々を唸らせる品揃えと物量で、大満足な内容となりました。個人的には開業前に初めて岡田さんの工房にお邪魔した際に仕入れた尺2寸の大皿がこの個展で旅立って行った事がとても嬉しかったです。

そしてこの時の目玉は何といってもポットでした。もう何年も前から土瓶やポットの制作をお願いしていたものの『めんどくさい・大変だから』と逃げられていたのをしつこく食い下がり、岡田さんも『10年近く作ってなかったんじゃないかな』というくらいの待望のポットを出品して頂きました。DMに使用した事もあって、会期前からたくさんのお問い合わせを頂いた事を覚えております。果たして今回の個展では登場するのでしょうか?

ご存知の方も多いと思いますが、ここで岡田崇人さんの経歴を簡単にご紹介しておきます。
1974年 東京都小金井市に洋画家の長男として生まれ、東洋大学法学部を卒業後、縄文象嵌の技法で重要無形文化財保持者(人間国宝)となった益子の島岡達三氏に師事し、5年間の修行の後、2002年に栃木県益子町に自身の窯を構えました。2005年に国展に初入選を果たし、以降5度の入選をしております。

岡田さんの作品は大きく分けると【掻き落とし】と【象嵌】の2種類の技法で装飾されています。力強い彫紋に伊羅保や鉄釉を施したシリーズもありますが、なかなかお目にかかれないので一旦置いといて。掻き落としとは素地土の上から化粧土をかけ、模様として残したい部分の周りを削り落として素地を出す事で模様を浮き彫りにさせ、書いたり染めたりするのとは違う素朴な輪郭線と凹凸が生まれる手触りも楽しめる器です。

それに対して象嵌は素地土に模様となるような凹みを付け、その上から化粧土を掛けます。その後表面の化粧土を削り落とすと凹みに溜まった化粧土が模様となって残ります。岡田さんの師匠である島岡達三氏はこの凹みを付ける際に撚った縄を転がす事で模様を描く縄文象嵌で人間国宝となりましたが、岡田さんは模様のひとつひとつを丁寧に彫って象嵌を施す事で、模様の輪郭が明瞭で手触りも楽しい器となります。

上の画像の右二つのお皿は島岡達三氏の後継者である『島岡 桂』氏による縄文象嵌です。使う縄や転がし方によって様々な模様が生まれます。桂さんは岡田さんとほぼ同時期に島岡達三門下に入門した兄弟弟子で島岡達三の孫にあたります。マメ知識ですが島岡達三のうつわの裏にはタツゾウの【タ】の印、桂さんのモノにはケイの【ケ】の印が押されており、岡田さんのうつわにはオカダの【オ】の印が押されています。

どちらも非常に手間と時間がかかる仕事ですが、それを感じさせない可愛らしさと軽やかな表情があり手にしたときに初めてその素晴らしさを感じる事が出来る仕事の跡ではないでしょうか。私が岡田さんの個展のタイトルを『岡田崇人の仕事』としている理由がここにあります。そして、ひとつひとつは個性豊かな表情をしておりますが、意外と和洋問わずどんなお料理・食卓にも馴染みやすく洋食器などと並んでもしっくりする器です。

2年半ぶり3回目の個展『岡田崇人の仕事』。MARKUSにとって『平成』の最後を飾るのに相応しく、そして新しくやってくる『令和』の時代にも長く伝え残されて欲しい丁寧で美しい岡田崇人の仕事の数々。時代の節目だけではなく岡田さんにとっても大きな節目となる今回の個展。皆様のお越しを心よりお待ちしております。

11月23日(金・祝)より『白岩焼和兵衛窯 渡邊 葵 展』開催いたします。

日中の気温も随分下がり、陽が出ていても上着なしでは肌寒い季節になってまいりました。10月の後半から11月の初旬まで開催していた『小代焼の三窯展』もおかげ様で盛況の内に会期を終え、しばらくのんびりと通常モードで。と思っていたら今度は11月23日(金・祝)勤労感謝の日から、2018年最後のイベントとなる展示『白岩焼和兵衛窯 渡邊 葵 展』11月23日~12月2日の会期で始まります。
● 作家在店日:11月23日(金・祝)・24日(土) ● 会期中は休まず営業します。

【個展初日の前日、11月22日は売り場準備の為お休みとさせていただきます】

MARKUS開業から5周年となる2018年は『積極的にイベントを打っていこう』と思い立って動き始めたのは昨年の夏頃。2月に『安土草多の灯り』。ゴールデンウイークに『をのぜの人』。7月に『齊藤十郎 陶展』が決まり、12月に入って「お付き合いも3年だし、そろそろ白岩焼の渡邉さんにお願いしても」と思い、ご連絡をしたところ「私も同じことを考えてました」と、嬉しいお返事が返ってきました。

渡邊さん=白岩焼との出会いは2015年の5月でした。都内のお店にご自身の作品の売り込みをしようと秋田から上京されていて、何件かのショップを回った中でMARKUSにも立ち寄って下さいました。『秋田の角館という所で白岩焼という焼き物をやっています。よかったら作品を見て下さい』と、丁寧で静かな口調ながらも必死さが伝わってきたのを覚えています。

ちょうどお客様も途切れた頃合いだったので、その時渡邊さんが持参した作品を見せていただきました。都内で手仕事の品物を扱うお店をやっていると、年に何回か作品を持ち込んで売り込みに来られる方がいます。そこそこキャリアのある方や始めて間もない方。作品もご本人の考え方も趣味の域から脱していない方。社会に出た事も無く自力で生活もしていない、口のきき方も知らない学生みたいな方。実に様々です。


※上の画像は過去に取扱商品をご紹介した際のモノです。

私もお店を始めてまだ年月も浅く諸先輩方と比べると知識も目利きもまだまだですが、そんなMARKUSを選んでわざわざ来てくれている事を有り難いと思っているので、基本的に門前払いをするような事はありませんが、売り込みに来られる方々と接している内に『少なくともモノ作りで生計を立てて、実店舗で勝負しているプロの作り手と仕事がしたい』という思いが固まっていました。


※上の画像は過去に取扱商品をご紹介した際のモノです。

そしてそこに現れた渡邊さんご自身も渡邊さんが持ってこられた作品もまぎれもなくプロのものでした。ですが、その時に見せていただいた作品はMARKUSの雰囲気や私の好みに合うモノではなく、かなり女性的で繊細で華やかな作風のモノで、到底そのままお店に並べられるものではありませんでした。ですが質感やカタチ、釉薬の感じは悪くなく、もっと他にも作品を見てみたいと思い『コレはコレではイイとして、他にこんなのはやらないの?』などと、こちらが欲しいと思う要望を出してみました。今思えば上から目線で失礼な話です。


※上の画像は過去に取扱商品をご紹介した際のモノです。

まだお付き合いもしていない作家さんにこういう事を言うと嫌がる方も多いのですが、渡邊さんは『出来ます。やってみます。また見て下さいますか?』と、私なんかが言う事にもとても素直で前向きで『出来上がったらまたご連絡します。』と言い残して帰って行かれました。その数か月後には約束通りリクエストの作品が届き、また次のリクエストを出して。というやり取りが何度かあり、最初の注文に漕ぎつけるまで1年近くかかりました。


※上の画像は過去に取扱商品をご紹介した際のモノです。

正式に注文をお願いする際は渡邊さんも上京されていて、感極まって涙を流されていました。驚いてお話を聞いてみると最初にMARKUSに来る前は、作品を見てもらってもほとんど相手にされなくて、ちゃんと話を聞いてくれたのがMARKUSだけだったそうです。確かに最初に持ってきた作品は実際よくできたモノでしたが売り込み先との相性が悪く、いわゆる器ギャラリーのような『THE 作家物』を扱うようなお店だったら状況は違っていて、あのままでは東京の、それも民藝寄りのお店ではあまり好まれないだろうな。と思わせる作品でした。


※上の画像は過去に取扱商品をご紹介した際のモノです。

私がした事は白岩焼和兵衛窯だからこそ出来得る自分の好きなモノ・MARKUSに置きたいモノを好き勝手にリクエストしただけで、それに嫌な顔をせず真摯に付き合ってくれた渡邊さんには心から感謝しています。ではなぜ私が最初は好みじゃなかった渡邊さんの作る白岩焼に食い下がってアレコレとお願いし続けたのか。それは初めて白岩焼の海鼠釉の濃厚な青白さを見た時に、既にハマってしまっていたのだと思います。

『白岩焼の特徴である海鼠釉は、日本各地で似たようなモノが使われているが 白岩焼がいちばん良い。』と、濱田庄司に言わしめたその青白い美しさと濃厚な質感が、白岩焼和兵衛窯の最大の魅力です。海鼠釉のうつわ自体は私も手にした事はありますが、実はあまり好きではありませんでした。しかし渡邊さんから見せていただいた海鼠釉はそれまでの私の印象を一発でひっくり返すほどのインパクトがある出会いでした。

白岩焼の歴史は古く1771年に始まります。11代にわたり秋田藩を治めた佐竹家の庇護により栄えましたが、江戸末期から明治にかけての動乱の中、1901年に白岩焼 の歴史は途絶えます。その70年後、白岩焼の復興を目指した渡邊家は、折しも民藝運動によって来訪していた『濱田 庄司』の助力もあり1974年に再興を果たしました。地元の原料にこだわり、登り窯と灯油窯を使い、現代の美意識に合うモノづくりを続けています。

渡邊葵さんは1980年生まれ。2005年に岩手大学大学院教育学研究科(美術工芸)を修了後に父である渡邊敏明氏に師事し、2009年に京都府立陶工高等技術専門校研究科を修了後そのまま同校の講師となられます。2011年に秋田に戻り和兵衛窯にて制作活動を再開している現在は、白岩焼和兵衛窯をご家族で守りながらご自身の白岩焼を制作し、伝統を守りつつご自身の感性を軽やかに作品に投影しています。

なんだか『MARKUSと渡邊葵の物語』みたいな感じになってしまいましたが、MARKUSと渡邊さんの間にはそんな歴史があり、お互いに今回の個展には特別な思い入れがあります。渡邊さんの人柄がよく表れた、丁寧で誠実な仕事から生み出されるしなやかな造形や深みのある色合いにも磨きがかかり、これまでにMARKUS でも披露した事のない新しい世界が広がります。皆さまのご来店を心よりお待ちしております。

10月19日より『小代焼 三窯展』 ~ その③:ふもと窯 編

その②『瑞穂窯』編 から続きまして、最後は『ふもと窯』のご紹介。

小代焼の12の窯元の中でも歴史が古く、最大級の登り窯を持つ『ふもと窯』を興した井上泰秋氏は1941年熊本県玉名郡南関町生まれ。熊本県工業試験場修了後、京都の森野喜光氏に師事し、1965年に肥後焼窯元として独立を果たした3年後に現在の荒尾市府本へ移築し『小代焼 ふもと窯』と改名しました。50年以上にも及ぶキャリアの中で受賞歴も数多く、現在は熊本国際民藝館館長や熊本県民芸協会会長も務めています。

そして現在は、ふもと窯で作られるうつわのおよそ7割は息子の井上尚之さんが手掛けています。そのためここ最近は『ふもと窯』と言えば井上尚之さん。と認識されている方も多いようです。尚之さんは1975年熊本県荒尾市、現在のふもと窯に生まれ1996年に熊本デザイン専門学校卒業後、1996年より小石原焼の太田 哲三氏の元で修業し、2000年よりふもと窯に戻り、父である井上 泰秋氏に師事します。

泰秋氏は後進の育成にも積極的で、ふもと窯には常に2~3人ほどのお弟子さんがいらっしゃいました。ふもと窯で陶芸を学んだ後、地元で小代焼きの窯元として独立した方もいれば独自のうつわ作りを目指して熊本の地を離れた方もいらっしゃいます。MARKUSで長らくお世話になっている齊藤十郎さんもその一人で、今、お取り引きをお願いしている何人かの作り手の中にもふもと窯出身の方がいらっしゃいます。

今は後進の育成も尚之さんの手に委ねられ、今年の春に福岡県八女市で独立した作り手がいます。そして年に数回の窯焚きの際には近隣で独立した以前のお弟子さんたちが手伝いにやってくるそうです。1室におよそ1000点のうつわが収まり、それが連なり6室あるという巨大な登り窯を持つふもと窯ですから窯詰め~窯焚き~窯出しの作業は大仕事となります。そうして小代焼の伝統、ふもと窯の仕事は受け継がれてゆきます。

ふもと窯で作られるうつわは、地元の小岱山から掘り起こした土を干して水で漉したものを粘土にし、小代焼の最大の特徴である青白く発色する釉薬の元となる藁灰も、地元の農家から分けて頂いた藁を燃やして、それを裏山の沢の流れを利用した唐臼で細かくして使うなど全てが自家製で、その土地で採れるモノを江戸時代から変わらない技法を用いて原材料にしています。

最近は『ふもと窯 井上尚之』というとスリップウェアや象嵌などの技法によるうつわを思い浮かべる方も多いと思います。実際、尚之さんの個展などではスリップウェアが全体の品揃えの多くを占めて人気を博しています。ですが今回は『小代焼』の三窯による展示という事で、青白く深みのある発色が魅力の藁灰から作られた釉薬を施された伝統的な小代焼をメインにご用意いただきました。

古くからある伝統的な小代焼の代表的な技法に、柄杓に取った釉薬を器の表面に勢いよく振りかけ、その流れや滴りで文様を表現する“打ち掛け流し”がありますが、今回の展示ではそういった個性が強いモノは抑え目にして比較的シンプルで使いやすいモノが中心です。とは言えふもと窯が手掛ける小代焼が持つ、がっしりとしたフォルムやゴツゴツとした土の質感は存分に味わう事ができ、それでいて普段使いとしていつもの食卓に自然に馴染んでしまう使い勝手の良いうつわです。

今回の企画では『小代焼』をご紹介するというのが趣旨なので、12件ある窯元の中から個性が異なる3件を選びました。『ちひろ窯』さんは明るさと軽やかさがある現代的な小代焼。『瑞穂窯』さんは様々な深みのある青の色彩美としのぎの技法とうつわのフォルムによる造形美。『ふもと窯』さんはどっしりとした王道の伝統的な小代焼。ですがそのどれもが地元に根差し伝統を守り昔ながらの技法を用いながら各々の個性を発揮しています。是非とも店頭でお確かめください。

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