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4月13日より『第三回 岡田崇人の仕事』を開催します。

もはやイベントのお知らせ時しか更新しなくなってきており、大変ご無沙汰してしまい申し訳ございません。昨年11月の『白岩焼和兵衛窯 渡邊葵 展』のお知らせ以来のブログです。

季節も春を迎え、新しい元号も『令和』に決まり、新しい時代の幕開けに期待で胸を膨らませている方も多いかと思いますが、平成の最後に満を持してお届けするのは、MARKUSではおよそ2年半ぶりの個展となる益子の陶芸家・岡田崇人さんによる『第三回 岡田崇人の仕事』です。
今回のブログでは過去の岡田さんの作品や個展の画像を見ながらこれまでを振り返ってみたいと思います。

今年の5月でMARKUSも丸6年を迎える事となりますが、岡田さんとは開業時からのお付き合いなので岡田さんとMARKUSとの関係も6年になります。正確に言えば初めて岡田さんに直接お会いしてお取り引きのお願いをしたのはその前の年になりますが、オープンの数日前に届くよう制作をお願いしていたのが間に合わず、当日のお昼頃に益子からわざわざ直接お持ちいただいたのは、今となっては良い思い出です。

今でこそ年間に5回程度の展示会やイベントを開催しているMARKUSですが、最初の頃は『セレクトショップ』というスタンスから、あまり個展などを行う事はありませんでした。ですが開業から月日が経ち品揃えや方向性などの変化や見直しを進めていた2年目の頃に、何かの話の流れから『個展やってみない?』というお話をいただいたのが、MARKUS初の展示となる第1回目の『岡田崇人の仕事』のきっかけです。

1回目の『岡田崇人の仕事』では多くの事を学びました。とにかく初めての催事で当日までの段取りやDMの作成・告知等、今では問題無くこなせている事の全てが初めてで、確か岡田さんにとってもこの時が単独で東京で行う5~6年ぶりの個展だったのでお互いにドキドキしていました。段取りや物量の感覚等この時の事が基準になっていたり、ここで得た反省点や改善点をその後のお店作りやイベントに活かす事もできました。

上3つの画像は第1回目の時の売り場です。岡田さんの作品の変遷を見ると面白いです。ちょうどこの年に濱田庄司の登り窯の復活プロジェクトがあり、その時に焼いた貴重なうつわもMARKUSでの初個展に出品して頂きました。伊羅保や鉄釉の今となってはなかなか手が回らない非常に手の込んだ作品もこの時はたくさん作って下さいました。特にぐい呑みを自分用に確保しておかなかった事を今でも悔やんでおります(笑)。

1回目が2015年なので売場を見ても今とは随分違います。詰め込み過ぎは相変わらずですが、素っ気無くて下手クソな売場で恥ずかしいです。陳列用に『水屋』が必要だな。と思ったのもこの時で、今ではMARKUSの顔的な存在感ですが初めの頃は所謂『うつわ屋さん』ぽくなるのが嫌であえて避けていました。でもどのお店も水屋を使う理由がこの時にわかりました。ちなみにこの木製のキャビネットは自宅から持ってきました。

第2回目は2016年の冬、1回目から1年半後の開催となりました。この時は益子に200年続く日下田藍染工房で藍染の修行をされた『デイ・麗奈』さんとの二人展という形で行われました。陶器と藍染。それも真冬に。という意外な組み合わせかもしれませんが、深みのある色合いの藍染と個性的な柄でありながらも落ち着いたトーンの岡田さんのうつわとの相性は良く、売り場がキリっと締まり大変ご好評いただきました。

この頃になると岡田さんの活動の場や作品の幅もグッと広がりました。お馴染みの象嵌や掻き落としにも新しい柄や色が加わり、ロクロ物から型物に至るまで新しいデザインが生み出され、MARKUS開業以来の岡田さんファンの方々を唸らせる品揃えと物量で、大満足な内容となりました。個人的には開業前に初めて岡田さんの工房にお邪魔した際に仕入れた尺2寸の大皿がこの個展で旅立って行った事がとても嬉しかったです。

そしてこの時の目玉は何といってもポットでした。もう何年も前から土瓶やポットの制作をお願いしていたものの『めんどくさい・大変だから』と逃げられていたのをしつこく食い下がり、岡田さんも『10年近く作ってなかったんじゃないかな』というくらいの待望のポットを出品して頂きました。DMに使用した事もあって、会期前からたくさんのお問い合わせを頂いた事を覚えております。果たして今回の個展では登場するのでしょうか?

ご存知の方も多いと思いますが、ここで岡田崇人さんの経歴を簡単にご紹介しておきます。
1974年 東京都小金井市に洋画家の長男として生まれ、東洋大学法学部を卒業後、縄文象嵌の技法で重要無形文化財保持者(人間国宝)となった益子の島岡達三氏に師事し、5年間の修行の後、2002年に栃木県益子町に自身の窯を構えました。2005年に国展に初入選を果たし、以降5度の入選をしております。

岡田さんの作品は大きく分けると【掻き落とし】と【象嵌】の2種類の技法で装飾されています。力強い彫紋に伊羅保や鉄釉を施したシリーズもありますが、なかなかお目にかかれないので一旦置いといて。掻き落としとは素地土の上から化粧土をかけ、模様として残したい部分の周りを削り落として素地を出す事で模様を浮き彫りにさせ、書いたり染めたりするのとは違う素朴な輪郭線と凹凸が生まれる手触りも楽しめる器です。

それに対して象嵌は素地土に模様となるような凹みを付け、その上から化粧土を掛けます。その後表面の化粧土を削り落とすと凹みに溜まった化粧土が模様となって残ります。岡田さんの師匠である島岡達三氏はこの凹みを付ける際に撚った縄を転がす事で模様を描く縄文象嵌で人間国宝となりましたが、岡田さんは模様のひとつひとつを丁寧に彫って象嵌を施す事で、模様の輪郭が明瞭で手触りも楽しい器となります。

上の画像の右二つのお皿は島岡達三氏の後継者である『島岡 桂』氏による縄文象嵌です。使う縄や転がし方によって様々な模様が生まれます。桂さんは岡田さんとほぼ同時期に島岡達三門下に入門した兄弟弟子で島岡達三の孫にあたります。マメ知識ですが島岡達三のうつわの裏にはタツゾウの【タ】の印、桂さんのモノにはケイの【ケ】の印が押されており、岡田さんのうつわにはオカダの【オ】の印が押されています。

どちらも非常に手間と時間がかかる仕事ですが、それを感じさせない可愛らしさと軽やかな表情があり手にしたときに初めてその素晴らしさを感じる事が出来る仕事の跡ではないでしょうか。私が岡田さんの個展のタイトルを『岡田崇人の仕事』としている理由がここにあります。そして、ひとつひとつは個性豊かな表情をしておりますが、意外と和洋問わずどんなお料理・食卓にも馴染みやすく洋食器などと並んでもしっくりする器です。

2年半ぶり3回目の個展『岡田崇人の仕事』。MARKUSにとって『平成』の最後を飾るのに相応しく、そして新しくやってくる『令和』の時代にも長く伝え残されて欲しい丁寧で美しい岡田崇人の仕事の数々。時代の節目だけではなく岡田さんにとっても大きな節目となる今回の個展。皆様のお越しを心よりお待ちしております。

11月23日(金・祝)より『白岩焼和兵衛窯 渡邊 葵 展』開催いたします。

日中の気温も随分下がり、陽が出ていても上着なしでは肌寒い季節になってまいりました。10月の後半から11月の初旬まで開催していた『小代焼の三窯展』もおかげ様で盛況の内に会期を終え、しばらくのんびりと通常モードで。と思っていたら今度は11月23日(金・祝)勤労感謝の日から、2018年最後のイベントとなる展示『白岩焼和兵衛窯 渡邊 葵 展』11月23日~12月2日の会期で始まります。
● 作家在店日:11月23日(金・祝)・24日(土) ● 会期中は休まず営業します。

【個展初日の前日、11月22日は売り場準備の為お休みとさせていただきます】

MARKUS開業から5周年となる2018年は『積極的にイベントを打っていこう』と思い立って動き始めたのは昨年の夏頃。2月に『安土草多の灯り』。ゴールデンウイークに『をのぜの人』。7月に『齊藤十郎 陶展』が決まり、12月に入って「お付き合いも3年だし、そろそろ白岩焼の渡邉さんにお願いしても」と思い、ご連絡をしたところ「私も同じことを考えてました」と、嬉しいお返事が返ってきました。

渡邊さん=白岩焼との出会いは2015年の5月でした。都内のお店にご自身の作品の売り込みをしようと秋田から上京されていて、何件かのショップを回った中でMARKUSにも立ち寄って下さいました。『秋田の角館という所で白岩焼という焼き物をやっています。よかったら作品を見て下さい』と、丁寧で静かな口調ながらも必死さが伝わってきたのを覚えています。

ちょうどお客様も途切れた頃合いだったので、その時渡邊さんが持参した作品を見せていただきました。都内で手仕事の品物を扱うお店をやっていると、年に何回か作品を持ち込んで売り込みに来られる方がいます。そこそこキャリアのある方や始めて間もない方。作品もご本人の考え方も趣味の域から脱していない方。社会に出た事も無く自力で生活もしていない、口のきき方も知らない学生みたいな方。実に様々です。


※上の画像は過去に取扱商品をご紹介した際のモノです。

私もお店を始めてまだ年月も浅く諸先輩方と比べると知識も目利きもまだまだですが、そんなMARKUSを選んでわざわざ来てくれている事を有り難いと思っているので、基本的に門前払いをするような事はありませんが、売り込みに来られる方々と接している内に『少なくともモノ作りで生計を立てて、実店舗で勝負しているプロの作り手と仕事がしたい』という思いが固まっていました。


※上の画像は過去に取扱商品をご紹介した際のモノです。

そしてそこに現れた渡邊さんご自身も渡邊さんが持ってこられた作品もまぎれもなくプロのものでした。ですが、その時に見せていただいた作品はMARKUSの雰囲気や私の好みに合うモノではなく、かなり女性的で繊細で華やかな作風のモノで、到底そのままお店に並べられるものではありませんでした。ですが質感やカタチ、釉薬の感じは悪くなく、もっと他にも作品を見てみたいと思い『コレはコレではイイとして、他にこんなのはやらないの?』などと、こちらが欲しいと思う要望を出してみました。今思えば上から目線で失礼な話です。


※上の画像は過去に取扱商品をご紹介した際のモノです。

まだお付き合いもしていない作家さんにこういう事を言うと嫌がる方も多いのですが、渡邊さんは『出来ます。やってみます。また見て下さいますか?』と、私なんかが言う事にもとても素直で前向きで『出来上がったらまたご連絡します。』と言い残して帰って行かれました。その数か月後には約束通りリクエストの作品が届き、また次のリクエストを出して。というやり取りが何度かあり、最初の注文に漕ぎつけるまで1年近くかかりました。


※上の画像は過去に取扱商品をご紹介した際のモノです。

正式に注文をお願いする際は渡邊さんも上京されていて、感極まって涙を流されていました。驚いてお話を聞いてみると最初にMARKUSに来る前は、作品を見てもらってもほとんど相手にされなくて、ちゃんと話を聞いてくれたのがMARKUSだけだったそうです。確かに最初に持ってきた作品は実際よくできたモノでしたが売り込み先との相性が悪く、いわゆる器ギャラリーのような『THE 作家物』を扱うようなお店だったら状況は違っていて、あのままでは東京の、それも民藝寄りのお店ではあまり好まれないだろうな。と思わせる作品でした。


※上の画像は過去に取扱商品をご紹介した際のモノです。

私がした事は白岩焼和兵衛窯だからこそ出来得る自分の好きなモノ・MARKUSに置きたいモノを好き勝手にリクエストしただけで、それに嫌な顔をせず真摯に付き合ってくれた渡邊さんには心から感謝しています。ではなぜ私が最初は好みじゃなかった渡邊さんの作る白岩焼に食い下がってアレコレとお願いし続けたのか。それは初めて白岩焼の海鼠釉の濃厚な青白さを見た時に、既にハマってしまっていたのだと思います。

『白岩焼の特徴である海鼠釉は、日本各地で似たようなモノが使われているが 白岩焼がいちばん良い。』と、濱田庄司に言わしめたその青白い美しさと濃厚な質感が、白岩焼和兵衛窯の最大の魅力です。海鼠釉のうつわ自体は私も手にした事はありますが、実はあまり好きではありませんでした。しかし渡邊さんから見せていただいた海鼠釉はそれまでの私の印象を一発でひっくり返すほどのインパクトがある出会いでした。

白岩焼の歴史は古く1771年に始まります。11代にわたり秋田藩を治めた佐竹家の庇護により栄えましたが、江戸末期から明治にかけての動乱の中、1901年に白岩焼 の歴史は途絶えます。その70年後、白岩焼の復興を目指した渡邊家は、折しも民藝運動によって来訪していた『濱田 庄司』の助力もあり1974年に再興を果たしました。地元の原料にこだわり、登り窯と灯油窯を使い、現代の美意識に合うモノづくりを続けています。

渡邊葵さんは1980年生まれ。2005年に岩手大学大学院教育学研究科(美術工芸)を修了後に父である渡邊敏明氏に師事し、2009年に京都府立陶工高等技術専門校研究科を修了後そのまま同校の講師となられます。2011年に秋田に戻り和兵衛窯にて制作活動を再開している現在は、白岩焼和兵衛窯をご家族で守りながらご自身の白岩焼を制作し、伝統を守りつつご自身の感性を軽やかに作品に投影しています。

なんだか『MARKUSと渡邊葵の物語』みたいな感じになってしまいましたが、MARKUSと渡邊さんの間にはそんな歴史があり、お互いに今回の個展には特別な思い入れがあります。渡邊さんの人柄がよく表れた、丁寧で誠実な仕事から生み出されるしなやかな造形や深みのある色合いにも磨きがかかり、これまでにMARKUS でも披露した事のない新しい世界が広がります。皆さまのご来店を心よりお待ちしております。

10月19日より『小代焼 三窯展』 ~ その③:ふもと窯 編

その②『瑞穂窯』編 から続きまして、最後は『ふもと窯』のご紹介。

小代焼の12の窯元の中でも歴史が古く、最大級の登り窯を持つ『ふもと窯』を興した井上泰秋氏は1941年熊本県玉名郡南関町生まれ。熊本県工業試験場修了後、京都の森野喜光氏に師事し、1965年に肥後焼窯元として独立を果たした3年後に現在の荒尾市府本へ移築し『小代焼 ふもと窯』と改名しました。50年以上にも及ぶキャリアの中で受賞歴も数多く、現在は熊本国際民藝館館長や熊本県民芸協会会長も務めています。

そして現在は、ふもと窯で作られるうつわのおよそ7割は息子の井上尚之さんが手掛けています。そのためここ最近は『ふもと窯』と言えば井上尚之さん。と認識されている方も多いようです。尚之さんは1975年熊本県荒尾市、現在のふもと窯に生まれ1996年に熊本デザイン専門学校卒業後、1996年より小石原焼の太田 哲三氏の元で修業し、2000年よりふもと窯に戻り、父である井上 泰秋氏に師事します。

泰秋氏は後進の育成にも積極的で、ふもと窯には常に2~3人ほどのお弟子さんがいらっしゃいました。ふもと窯で陶芸を学んだ後、地元で小代焼きの窯元として独立した方もいれば独自のうつわ作りを目指して熊本の地を離れた方もいらっしゃいます。MARKUSで長らくお世話になっている齊藤十郎さんもその一人で、今、お取り引きをお願いしている何人かの作り手の中にもふもと窯出身の方がいらっしゃいます。

今は後進の育成も尚之さんの手に委ねられ、今年の春に福岡県八女市で独立した作り手がいます。そして年に数回の窯焚きの際には近隣で独立した以前のお弟子さんたちが手伝いにやってくるそうです。1室におよそ1000点のうつわが収まり、それが連なり6室あるという巨大な登り窯を持つふもと窯ですから窯詰め~窯焚き~窯出しの作業は大仕事となります。そうして小代焼の伝統、ふもと窯の仕事は受け継がれてゆきます。

ふもと窯で作られるうつわは、地元の小岱山から掘り起こした土を干して水で漉したものを粘土にし、小代焼の最大の特徴である青白く発色する釉薬の元となる藁灰も、地元の農家から分けて頂いた藁を燃やして、それを裏山の沢の流れを利用した唐臼で細かくして使うなど全てが自家製で、その土地で採れるモノを江戸時代から変わらない技法を用いて原材料にしています。

最近は『ふもと窯 井上尚之』というとスリップウェアや象嵌などの技法によるうつわを思い浮かべる方も多いと思います。実際、尚之さんの個展などではスリップウェアが全体の品揃えの多くを占めて人気を博しています。ですが今回は『小代焼』の三窯による展示という事で、青白く深みのある発色が魅力の藁灰から作られた釉薬を施された伝統的な小代焼をメインにご用意いただきました。

古くからある伝統的な小代焼の代表的な技法に、柄杓に取った釉薬を器の表面に勢いよく振りかけ、その流れや滴りで文様を表現する“打ち掛け流し”がありますが、今回の展示ではそういった個性が強いモノは抑え目にして比較的シンプルで使いやすいモノが中心です。とは言えふもと窯が手掛ける小代焼が持つ、がっしりとしたフォルムやゴツゴツとした土の質感は存分に味わう事ができ、それでいて普段使いとしていつもの食卓に自然に馴染んでしまう使い勝手の良いうつわです。

今回の企画では『小代焼』をご紹介するというのが趣旨なので、12件ある窯元の中から個性が異なる3件を選びました。『ちひろ窯』さんは明るさと軽やかさがある現代的な小代焼。『瑞穂窯』さんは様々な深みのある青の色彩美としのぎの技法とうつわのフォルムによる造形美。『ふもと窯』さんはどっしりとした王道の伝統的な小代焼。ですがそのどれもが地元に根差し伝統を守り昔ながらの技法を用いながら各々の個性を発揮しています。是非とも店頭でお確かめください。

10月19日より『小代焼 三窯展』 ~ その②:瑞穂窯 編

 

その①『ちひろ窯・JTCW2018』編から続きまして、お次は『瑞穂窯』さんのご紹介。

瑞穂窯を興したのは、その①でご紹介した『ちひろ窯 前野智博』さんの師匠でもある初代当主の『福田 豊水』氏。そして現在、当主として『瑞穂窯』を継承しているのは豊水氏の息女である『福田 るい』さんです。伝統ある窯元を継承した当主としては珍しい女性の作り手です。ちなみにMARKUSもお世話になっている秋田の白岩焼和兵衛窯の渡邉 葵さんも女性の作り手で、再興されたおじいさまから数えて3代目です。

るいさんの祖父が古小代を集めていて、その影響を受け自身でも民藝店を営んでいた豊水氏が、古小代の微妙な青色を復元したいと、独学で窯を興したのが瑞穂窯の始まりだそうです。福田るいさんは1964年福岡県大牟田市生まれ。九州産業大学芸術学部で油絵を学んだ後『平面よりも立体的な造形物を』と、父、豊水氏の元で修業を始めます。その後、外の世界も見るべく益子の人間国宝『島岡 達三』氏の門を叩きます。

陶芸界隈とは意外なところで繋がっているもので、MARKUSでも長年お世話になっている益子の『岡田崇人』さんや松江の『袖師窯 尾野友彦』さんと同門という事になります。ちなみにお姉様は菓子研究家の『福田 里香』さん。コチラも意外な繋がりでした。島岡製陶所での修業を終え熊本に戻った後は再び瑞穂窯の父の元で作陶を始めて25年。お父様がお亡くなりなった後もしっかりと瑞穂窯を守り続けています。

12件ある小代焼の窯元の中から『瑞穂窯』さんに今回の企画をお願いしたかった理由は『色彩美と造形美』でした。『小代焼窯元 瑞穂窯 福田るい』の名前と作品は、もう何年も前から見知っており、普段から自宅でも何点かるいさんのうつわを使っているくらい、いつかMARKUSでお取り引きをお願いしたい作り手の一人でしたが、なかなか熊本まで出掛ける機会を作れないまま何年も経ってしまいました。

それだけに今回のお話はありがたく、喜んで取り組む事ができました。6月の熊本訪問がるいさんと初めてお話する機会となりましたが、初めましてで急なお願いをしているにもかかわらず頼もしく引き受けて下さいました。更にるいさんのサッパリとした面倒見の良さに甘えて、一緒に昼食を取った後に次の訪問先である『ふもと窯』までご案内いただき、2代目である井上尚之さんにも引き合わせて下さいました。

小代焼は鉄分の多い小岱粘土を使った素朴で力強い作風が特徴です。釉薬の調合や焼成温度の違いによって大まかに青、白、黄に分かれますが個体差が大きく独特の深みがあります。更にるいさんの場合、ワラ灰で生み出した独自の藍釉も大きな特徴で、従来の青小代は乳白色を帯びているのに対してるいさんが作り出す藍は他には無い更なる深みがあります。まさに親子2代で小代の青を追い求めた結果、独自の青に辿り着いた瑞穂窯の色彩美。という感じでしょうか。

もう一つ瑞穂窯の特徴と言えるのが “しのぎ”の技法。小代焼といえば“打ち掛け”のように釉薬のかかり方を生かした勢いのある技法が多いのですが、“しのぎ”の場合は掻き道具を使って器の表面を丹念に削り、削られた部分に溜まったり流れ落ちる釉薬の濃淡によって模様が浮び上がります。その模様の魅力を最大限に活かしているうつわの形状、独特なフォルムが秀逸で、表情豊かな色彩と“しのぎ”の模様にリズムが生まれ、和洋問わず食卓を彩ってくれる造形美となっております。

るいさんはチャリティーにも積極的に取り組んでおられ『クマモトのカケラ』というブローチやヘアゴムとマグネットからなるセットの販売を通して、日本各地の災害復興を支援しています。きっかけは2016年の熊本の震災で、まさに震災があったその時に窯焚きをされていたそうです。無残にも割れてしまったうつわのかけらをアクセサリなどの姿に変えて、収益の一部を被災地の復興支援に寄付する個人プロジェクトを行っています。

『伝統とは、灰を守ることではなく、熾(おき)を密かに保ち続けること。』つまり、窯の火を絶やさないと同時に情熱の炎も燃やし続けるという事。というお父様の教えを大切にし、しっかりと伝統的な日本の食事に合うような風格を持ったモノから、カジュアルなフレンチやイタリアンにも似合いそうなうつわが自然に混在する。そんな小代焼の伝統を踏襲しながらもフッと肩の力が抜けた『瑞穂窯 福田るい』さんのうつわにご期待下さい。

その③:ふもと窯 編に続きます。

10月19日より『小代焼 三窯展』 ~ その①:ちひろ窯・JTCW2018 編

会期の最初から最後まで殺人的な暑さにもかかわらず多くのお客様にお越し頂いた、7月の『齊藤十郎 陶展』以来のブログ更新です。スミマセン。しばらく夏の間は身も心もグッタリしておりました。猛暑と豪雨の記憶しかなかった今年の夏も、トドメの台風24号と共に去って行き(この投稿を書いている時点で25号接近とのニュースもありますが…)ようやく食欲の秋、うつわの秋がやってまいりました。

久し振りとなる今回のお知らせは『小代焼 三窯展』。小代焼とは熊本県北部を中心に現在12件の窯元によって作り出される江戸時代から続く焼き物で、今回はその12件の内の3件による合同展です。この企画の発端は経済産業省の支援を受けて設立された伝統的工芸品産業振興協会(以後、伝産協会)が毎年10月に開催している『JAPAN TRADITIONAL CRAFTS WEEK(以後、JTCW)』にお誘いいただいたのが始まりです。

今年で5回目となるJTCWですが、多くの方に工芸品をもっと身近に手に取って知っていただく為に、衣食住を扱うライフスタイルショップを通じて日本各地の伝統工芸品を紹介するイベントで、今年も10月19日(金)から31日(水)まで『JTCW 2018』として、東京都内の30のお店で日本各地の伝統工芸品の産地とコラボした展示販売が行われます。 ※ 詳しくは『JTCW2018』で検索してみて下さい。

このお話をいただいたのが5月の末頃で、参加の条件が『伝産協会に加盟している伝統工芸品の中から、今まで扱った事の無い産地とコラボする事』という事で、工芸品リストの中から、以前からお付き合いしたくて、でもなかなか産地に出向く事ができなかった熊本の『小代焼』を見つけて、大喜びで参加意思を表明し、6月には産地訪問として2016年の震災の爪痕が未だ残る熊本へ飛び立ちました。

小代焼は1632年肥後国に転封となった細川忠利が陶工たちを伴い小岱山麓に窯を開いて焼物を焼かせたのが始まりと言われ、現在も地元で採れる原料と伝統の技法を用いて素朴で力強い実用性の高い日用食器が生み出されています。今回の小代焼とのコラボを実現するにあたり思ったのが、『いただいたお話とはいえ、やるからには普段MARKUSで行っている展示会レベルの内容と物量で開催し、お忙しい中ご協力いただいた産地や期待してお越し下さったお客様に恥ずかしくない展示にする。』という事でした。

というのもMARKUSでは通常個展やイベント事は先ずはお付き合いの実績を積んでからお願いしており、作り手とのご相談も遅くとも1年以上前にはできているのですが、今回は準備に4ヶ月しかない上に初めてお取組みさせて頂く方々ばかりで、伝産協会からの話だから初めましてでもこちらのご相談に協力的に聞いて下さるかもしれないが物量の確保が困難だろう。というのが出発前からの課題でした。

できれば4~500点ほどは品物を集めたいと思うものの、小代焼窯元全12件にお声掛けするのも無理があり、1件だけでは到底及ばない。産地訪問の出張は2泊3日が限界で、窯元以外にもリサーチなどで回りたい所がいくつかある。(熊本ラーメンも食べたいし馬刺しも食べたいっ)という事で3~4件の窯元に絞って出発前にアポを取り、あとは当たって砕けるつもりで熊本に向かいました。そして晴れて『ふもと窯・瑞穂窯・ちひろ窯』の3件に今回の『小代焼 三窯展』にご協力頂ける事となりました。

それではまずは1件目、『小代本谷 ちひろ窯』さんのご紹介。ちひろ窯として作陶する前野智博さんはサラリーマン時代を経て28歳で陶芸の道へ入ります。次回のブログでご紹介する、今回の『小代焼 三窯展』にもご参加いただいている『瑞穂窯』の初代、福田豊水氏に師事し陶芸の基礎から学び、その後更なる修行を求めて沖縄へ渡り、読谷村の玉元輝政氏に師事し様々な技法を習得します。

2年の沖縄での修業の後、熊本に戻り1998年に自らレンガを組み手作りで窯を築き『小代本谷 ちひろ窯』として独立を果たしました。ちなみに前野さんの奥様は玉元氏の工房とも目と鼻の先にある読谷村の共同売店で働いていた頃に、沖縄で修業中の前野さんと知り合ってご結婚されたそうで、同時期に近所の大嶺實清氏の元で修業されていたMARKUSでもお馴染みの壹岐 幸二さんや真喜屋 修さんとも旧知の仲だそうです。

2003年に現在の場所に窯を移し小代焼窯元の会にも登録し、2006年には経済産業大臣指定伝統工芸士の認定も受けられました。そんな前野さんの作風は、他の『ふもと窯』『瑞穂窯』の二つが豪快で重厚感があり力強い印象が濃いのに対して、同じ小代焼きでも丁寧で軽やか・繊細。という印象があり、特に昔ながらの唐草を作る玉元氏の元で修業した名残も一部の作品に垣間見る事ができます。

土は窯の近くを掘れば出てくるという恵まれた環境。釉薬は近所の農家から分けてもらったワラを焼いた灰を使い、窯の薪も同様で地元の身近にある原材料によって自給自足に近い昔ながらの手法でうつわ作りに勤しみ『従来の小代焼というと重厚な印象で気軽に手が出にくいモノが多かった。だからなるべく現代の暮らしに合うものを心掛けています。日々の食卓で料理を盛った時に映えるという事を考えて』と語る前野さん。

その言葉どおり、小代焼の持つ伝統を残しつつも前野さん独自の感性と経験から生み出される『ちひろ窯』のうつわは、明るく軽やかで様々な食卓のシーンに溶け込み、料理との相性もイメージしやすい使い勝手の良いうつわです。東京でちひろ窯さんのうつわをまとまった数でご覧いただける機会もなかなかございません。ご期待下さい。

その②:瑞穂窯 編に続きます。

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